どーしようもない
先日、ある利用者さんのご家族から、利用者さんの独語(独り言のことです)がひどいとの話がありました。「どーしようもない」と言うのが口癖とのことでした。いつもそればっかりだから、どうしようもないのよとご家族は言います。
私も、ある状況がどうしようもないなと感じてしまうことがあります。実際にはやりようはあるわけで、どうしようもないというのは、文字通りではなく、それだけ大変だ、深刻だということの表現だと思います。
この利用者さんについても、家族はどうしようもないと言っているほどどうしようもないわけではなく、その状況の大変さを言っている、もしくはその流れからその表現を用いたということに過ぎないのだと思います。
ところで、この「どーしようもない(伸ばす方がよい感じです)」状況や人に対して、とても惹かれてしまう自分がいます。大変な状況や深刻な感じについてですが、そのどーしようもなさに魅力を感じてしまうのです。
例えば、飲んだくれてばかりいる人がいたとします。家族療法やブリーフセラピーにおける支援では、その人の強み(リソース)をみようとか、使えるものはあるか(ユーティライゼ―ション)などと、肯定的にみていくやり方がありますが、そのネガティブな側面自体に魅力を感じてしまうのです。
アディクションの分野では、そのような魅力にあふれる方に多く出会います。また、そのようにおっしゃる方に出会います。一般の社会でもそうだと思いますが、「どーしようもない」ような人や状況が、人を惹き付けるということもあるのでしょう。
なので「どーしようもない」状態が良いという話ではなく、そこに「どーしようもない」自分も含まれるということを、何となく感じたのでした。
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